気まぐれ日記 2021年3月

2021年2月はここ

3月1日(月)「楠木さんの傑作・・・の風さん」
 11時半起床。今日も好い天気らしい。たっぷり寝たので、気分良く起床できた。朝の柔軟体操もバッチリ。
 しかし、今日も、先ずは雑務からスタートだ。
 キャメロンの給油に出掛けた。GSで係の人からふいに声を掛けられたので、手順を間違え、あやうく給油キャップを忘れてGSを出発するところだった(笑)。ボケ老人に急激な変化を与えると、こういったヘマをするから、世の中の人は気を付けなければならない。ちなみに、私が何とか思い出すことができたのは、こういったボケ行動を何度も経験して、警戒心というか防衛能力がついているせいだ。常に自分がボケと格闘していることを意識しているのだ。
 帰宅し、月初のルーチンの一部をおこなった。洗面所のパイプの洗浄と、鏡の掃除。どちらも専用のクリーナーを使う。そして、空気清浄機のメンテナンス。これは、アルコール入りのウェットティシュでおこなう。カレンダーを更新した。
 休む間もなく、散髪に出掛けた。近所だから時間はかからない。いつでも行けそうなものだが、もううっとうしさが限界で、さっぱりしたかった。
 帰宅してから毎日のルーチンだ。気まぐれ日記の更新が一番時間がかかる。その間に、昨日の留守中に届いていた書留郵便が再配達されてきた。
 郵便物といえば、楠木誠一郎さんから新刊が2冊同時に届いた。2冊ということは、当然、この2冊が同じ時期に出版できるように、並行して執筆が続いていたことを意味する。執筆をし続けていても、なかなか出版できない私には、神としか思えない手並みである。
 2冊のうち『ツリーハウスの風』に、先ず手が伸びた。なぜなら、SDGs(Sustainable Development Goals)をテーマにしたシリーズで、この作品は、私が最も高い関心を抱いている気候変動問題を扱っているからだ。
 晩御飯後、『ツリーハウスの風』を読了した。子どもに分かりやすく、物語で解説しているのだが、しっかりした説明だし、テーマにぴったりの感動的ストーリーになっていて、傑作だと思った。私にはとてもこれだけ巧みに作品として仕上げる力はない。絶不調の今だから特にそう思ってしまうのかもしれないが、絶好調でもきっと脱帽すると思う。
 そもそも私は、気候変動にはかなり詳しい。専門家に近い。42年前、大学の講義で、早くもヒートアイランドを学んでいた。社会人になってからも、母校の先生から気候変動に関する教えを頂戴していて、会社の仕事にも生かした。京都議定書の直前に、LCAの研究レポートを部下に出させた(おそらく社内で最も早い)。愛・地球博となった愛知万博のコンセプト提案として、気候変動問題を入れた。万博の10年近い前である。
 とにかく感動と共感に急き立てられるように、最後まで一気に読んだ。『ツリーハウスの風』(講談社)、多くの子どもたちはもちろん、親たちにも読んでもらいたい素晴らしい作品だ。
 もう一冊は『ニッポン第1号ものがたり』で、歴史に詳しい楠木さんらしい作品である。冒頭に、どんなことでも日本で最初にしたのは誰かといったことを調べるのはとても難しい、そのことも知ってもらいたいと書いてあった。さすがとしか言いようがない。何事も突き詰めていく姿勢は大切だ。情報化の進展と同時に、膨大な情報の中から真実とフェイクを見抜く力が必要になるからだ。
 それにしても、私の知らないことがたくさん書かれてあった。UFO第1号など、ビックリだった。結局、読了してしまった。
 私も執筆を頑張らねばならないのだが、今夜も不調だ。

3月2日(火)「予定は変わったけれど・・・の風さん」
 12時半起床だが、休眠時間は4時間半。なぜかと言うと、またPCトラブルでムキになったから(笑)。
 昨夜、知人へメールの返信を送ろうとしていて、どうしても住所録を確認したくなった。ところが、今年1月にダウンロードでインストールした住所録ソフトが立ち上がらなかった。原因の半分は推定できた。しかし、再インストールが必要と判断し、アカウントを使って、再びファイルのダウンロードをしようとしたのだが、途中でWi-Fi接続が切れるという問題が発生した。これも原因の半分は推定できた。1月にダウンロードした時と、やや環境が変化していたのだ。許されているダウンロード回数が一気に3回も減ってしまい、ここで苦肉の策をとった。旧執筆マシンでダウンロードすることにしたのだ。そして、ファイルを新マシンへ移動させて……と。ところが、このファイル、4GBもあるのだ!
 これだけで、どれだけの時間が浪費されるか、PC好きの人なら想像できるだろう。
 何度もダウンロードを待つ間に、楠木さんの『ニッポン第1号ものがたり』(講談社)を読み終えてしまった。面白い本だったので、全く眠くならなかったし、時間を有効に使えたとも言えるが、当初の計画では、少し早く就寝するつもりだった。人間とは愚かなモノよ。否、すぐムキになる私はおバカさん(笑)。
 明らかに睡眠不足で頭が重かった。今日は県図書へ行く予定だったが、断念した。風雨が強かったので、ま、いいか、という気もするが。
 ブランチ後、月初ルーチンの後半戦をおこなった。レンジフードの掃除と天井と壁のシミ抜き。ワイフも時間ができたのか、玄関横の物入れを整理している。べらぼうにたくさんの荷物を出して、廊下が酒席狼藉状態だ。
 今朝、就寝前に住所録ソフトを再インストールしたが、同じ原因で天文シミュレーターも起動しなくなっていた。こちらはDVDからインストールできるので、同じ問題が起きないように、工夫して再インストールした。住所録ソフトも天文シミュレーターも公私共に必要なソフトである。
 今日は風雨が強く、花粉の飛散は少なかったので、特に薬は飲まなかった。しかし、頭が重いのはどうしようもなく、頭痛薬を飲んだ。寝不足による頭痛に効くことは、長年の経験で分かっている。そのお蔭で、雑務が順調に進んだ。
 下取りに出したMacBookAirが無事に予定価格で引き取られることが分かった(メール通知があった)。これで、iPhone、iPadminiに続いて、3台すべて引き取られて無駄にならなかった。よかった、よかった。そう思うと、急に元気が出て来て、交換しようと思っていたキャメロンの幌を、当初と違うもっと近いところでやってくれないか、調べてみる気になった。すると、前回の調査では見つけられなかった、新しい業者が見つかった。この発見でさらに元気が出た。続いて、修理に出そうと思っていたCDレコーダーの修理先も探したが、これは見つからず、自分でやっているブログがまた見つかったので、やはり自分で挑戦してみることする。そう思うようになれたのも、前の2つのことが効いている。
 明日こそ、県図書へ行くので、児童書の原稿の修正の方向付けをおこなった。かなり整理できた。明日、県図書で専門書を確認すれば、さらにこの方向付けが肉付けされるだろう。

3月3日(水)「久しぶりの県図書・・・の風さん」
 8時間休眠で正午起床(しかし、その前に悪寒戦慄があった)。13時出発目指して、朝のルーチンを急いだ。
 好天の下、久しぶりにキャメロンで県図書へ向かった。どうしても調べたいことがあったからだ。このコースは、昨年、名商大でオンライン講義をする時に、キャンパスまで走ったのとほぼ同じだ。あの時も新型コロナが脅威で、公共交通機関の利用は避けたのだ。
 約1時間半のドライブで到着。駐車場は空いていた。館内も人が少ない。開館しているだけありがたい。
 利用者カードの期限延長手続きをしてすぐ、PC端末で検索して5冊分のプリントアウトをした。すべて書庫にあり、利用可能なことは、一昨夜調べてあった。
 しばらく待っていたら、5冊同時に出てきた。国立国会図書館では、これだけでも時間がかかって、大変なんだよね。事前にやることを整理しておかないと、とても短時間で資料調査はできない。国会図書館で慣れていれば、地方の図書館なら何のストレスもない。
 2冊は調べたいことが書かれていないことを確認するためだった。なので、まもなく返却した。
 別の2冊は、期待していたことは見つからず、それ以外の重要な記述があったので、コピーを12枚とっておいた。この本は帯出はできない。
 今回の目的の1冊は、すごい本だった。購入したいほどだが、古本で1万円でも入手は無理だろう。あまりにも興味深い内容が豊富なので、借りていくことにした。返却は地元の図書館からでもできる。
 帰りも順調に走ることができた。キャメロンでのドライブは楽しい。途中、GSに寄り、灯油も購入しておいた。まだまだ寒い日はある。
 帰宅し、ホットタイム後、ルーチンをこなした。
 晩御飯後、気になるニュースをたくさん聞いた。コメントしたいが、短く書いておこう。オリンピックで外国人観光客の受け入れはしない方向だそうだ。参加国も減ると思われる。新型コロナが原因だが、ミャンマーはクーデターで参加できないのではないか。日本はそれに対してどう動くのか。どうも世界を見た動きをしているような気がしない。
 夜は、疲労が襲って来たので、バイオハザード・ファイナルの2回目を観終え、風呂掃除をして就寝した。明日も忙しい。

3月4日(木)「町内を回りながら・・・の風さん」
 今日も8時間休眠で正午起床。朝のストレッチからブランチ、準備を整え、午後2時過ぎにキャメロンで外出。天気は好い。
 UFJのATMで現金をおろし、町の電器屋さんへ。洗濯機の代金を支払った。近所のドラッグストアへ行き、町内ではここにしかない、アフターシェーブローションを購入した。
 今度は逆方向へ走り、酒蔵直営店で、お世話になっている先生お二人へ、定年退官お祝いのお酒を送った。昨年から新型コロナのせいで、最終講義に行けないので、これくらいしかできない。
 最後に、水道工事屋さんへ。場所が分かりにくくて、今回初めて探してたどり着いた。新しいオフィスを建築中だったが、古い事務室で、水道の蛇口の修理代を支払った。少額の場合、銀行振り込みでは手数料がもったいなく感じられる。田舎に住んでいるのだから、直接店舗を訪ねるのがよいと思う。地産地消プラス地域交流だ。
 帰宅し、昨日購入した灯油を屋外タンクへ補充した。続いて、裏の物置の整理。
 ここで、ふと思う。雑用は日常だし、ボケ老人には運動にもなるから、積極的に取り組んでいる。そのことではなく、キャメロンで町内を走り回ったことだ。天気が好いときは、幌を開放してオープンカーで走りたい。用事を済ませている間、そのままでも、心配はない(盗られて困る物はほとんどないし、場所にもよるが泥棒などいない)。それができないのは、幌が痛んでいるからだ。
 幌の修理業者は見つけた(2日の日記参照)。今年5月が車検なので、その前にやっておきたくなった。かつてカリチューを通じて整備工場に部分修理をしてもらったことがあるが、満足できる工事はしてくれなかった。だから、そこは二度と使わない。
 修理業者のHPの料金を見ると、希望する仕様はだいたいイメージ通りの料金だったので、問い合わせメールを送った。幌の取り換え工事に要する時間が最も気になる(電車で往復する必要が生じるかも)。
 昨日借りてきた本を詳細にチェックしているうちに、やはり欲しくなってきた。古い本だが、貴重書なので、高額だと思ったが、念のためネット検索したら、びっくり仰天、比較的安価に入手できる! 国会図書館などで画像公開されているとこういうことがあるが、公開されていないことは分かっていた。価格下落の原因は、2013年にオンデマンド版が再発行されたかららしい。しかし、このオンデマンド版は、2万円もする(笑)。ま、とにかく、古本を発注した。借りてきた本は、現在年末整理で休館中の地元図書館が開いたら、そこから返却しよう。
 借りてきた本を読み進むうちに、知りたいことが想像力でハッキリしてきた。確定情報ではないが、可能性が高い。児童書の原稿に盛り込むことにした。
 ということで、今夜は少し早く、午前3時就寝。

3月5日(金)「書く速度で思考・・・の風さん」
 たっぷり休眠して起床。な〜んだ、今日は雨か。ボケ老人になると天候が気分を左右する。現役で若かった時は、台風情報にもほとんど興味がなかった。能天気な時代だったわけだ。
 夜中に読書するワイフが、楠木さんの『ツリーハウスの風』を読み終えて、早速報告があった。「子供にはためになる本だけど、大人が読むとワクワクする本だね」と言っていた。ちょっと紹介しただけなのに、表紙の絵を見てすぐ「秘密基地だね」と指摘した。そういう言葉を知っているだけ、この本に共感する要素が多分にあったわけだ。
 今度は誰に読ませよう。うちにはもう三人の子供はいない。とりあえず知人に紹介してみるか。
 朝からブランチ後まで、きちんとルーチンをこなした。昨日までに外回りの仕事を終えておいてよかった。外の風雨はけっこう強い。
 県図書で借りてきた本をさらに詳細に分析して、原稿にどう反映するか、考えながらメモを作った。私の場合、腕を組んで頭の中だけで考えるのは苦手だ。手を動かしながら、つまり文章を書きながら考えるのが最も効率的だ。おそらく頭の回転が遅く、文章を書く速度でしか思考が進まないのだろう。ビジネススクールで学んでいた時は、この思考速度の遅さが、ビジネスでは障害になることがよくわかった。私はお金儲けには向かないのだ。やれやれ。
 話は脱線したが、だんだん物語の骨格というか修正の形が見えてきた。
 キャメロンの幌交換に関する問い合わせの返信があった。私の希望するタイプの幌の在庫がなく、オーダーすると3〜6か月かかるという。これは困った。物事にはタイミングがある。焦って失敗することも多いが、後悔を引きずらない性格なら、モチベーションが上がった時に実行しておくべきだ。私はそういったタイプのような気がする(最近、肉体がついていかないが)。もうちょっと検討が必要だ。
 晩御飯後は、いつものように疲労感がどっと出て、なかなか復活しなかった。
 午前2時ころ、やっと気力が戻り、原稿の修正に取り掛かった。とてもベストセラー作家にはなれないな。

3月6日(土)「雨上がりの強風・・・の風さん」
 正午起床。外は雨上がりの強風だ。それでもブランチ前に、歩いて投函に行ってきた。往復で約千歩になる。運動だけは心掛けないと、体力低下はあらゆることの障害になる。
 キャメロンの幌のその後。希望通りの物がないなら、すぐできそうな在庫は何があるか問い合わせた。返信があり、それらの中から選択できるか、色々と検討した。一番は色の組み合わせで、キャメロンとの相性を考えた。ネット検索で、画像を片っ端から見ていった。意外とキャメロンと同色の車があまりヒットしない。レアな色らしい。あるいは特別に塗装したのか。だから、色の組み合わせを、ネットの写真を見て比較検討するのが困難だった。これは悩むことになりそうだ。
 今日は降雨予報はなかったので、車庫の屋上のストッカーの中の物を干すことにした。相変わらず雨の浸入があり、濡れている。不思議だ。アルミ製だが、蓋に小さな亀裂があるのだろうか。そこを修理しない限り、この問題は解決しない。
 何とか執筆を再開したので、ペースは遅くても頑張るしかない。停止したらいけない。そう思って書き進んだ。先ずは、序章を書き上げることだ。
 そうやって延々と頑張ったが、思ったほど進まなかった。また明日だ。やれやれ。

3月7日(日)「落ち込んだ日・・・の風さん」
 正午起床。強風はやんだが、快晴ではない。曇りがちで、気分もパッとしない。執筆がのろのろとしか進まないからだ。
 それでもルーチンはかたくなに守る。入念なストレッチをしてから、ブランチ。日曜日の午前中にワイフが近くのスーパーで開催される日曜朝市に必ず行くので、そこで仕入れた食材が中心になる。今日は半額になったサンドイッチ。賞味期限が今日で、パンが少し乾燥しているだけで、中身は新鮮で極上。とにかく、ワイフもやっと割安な買い物を楽しむようになった(笑)。
 今日、初めて知った言葉がある。ラッピング広告だ。ワイフがラッピングとさかんに言うので、包装だと思っている私とコミュケーションが正常にできなかった。主に乗り物(電車、バス、タクシー)の車体に施された広告を、私はペンキで描かれたものだと思い込んでいた。あれはシールのような印刷物で、車体に貼り付けて、不要になるとペリッとはがしていたそうだ。知らなかった。娑婆に戻って7年になるというのに、そんなことも知らなかったのか。情けない。
 県図書で借りてきた本のお蔭で、一番悩んでいた人物の造形はできた。それに基づいて、最初の書き出しを修正しているのだが、もう一つの課題は、その書き出しを3分の1に短縮すること(目標)だった。
 実際に修正してみたら、3分の2にしかならなかった。もう少し削れるかもしれないが、これでは全体の短縮化の目標が達成できない。書き出しが3分の1しか減らないのなら、残りの部分でそれだけ減らすか、だ。これはどうなるか、やってみないと分からない。やってみないと分からないという表現は、現役時代、私が会社で最も嫌った言い方だった。目的意識の弱さ、戦略の欠如、計画の大切さの無視、と思ったからだ。しかし、今の私には「やってみないと分からない」としか言えない。どうなっているのだ。
 そのような中、長女が火曜日に来宅することになった。私が少しずつやっている家の片付けを、手伝うためだが、日程が大幅に前倒しされてしまった。
 明日までに短縮原稿を仕上げて送るのは現実的に無理となった。
 やれるところまでやるしかないと開き直って、就寝は午前6時になった。

3月8日(月)「ますますピンチに・・・の風さん」
 正午起床。当然寝不足だ。ワイフは今年初めてのトール教室(生徒として習いに行っている)へ出かけていてもういない。
 ここまで何とか乗り切ってきたと思っていた花粉症が、数日前から悪化した。目をやられたのだ。もちろん予防していたし、気を付けていたのだが、涙が出始めて、かゆくてかいてしまった。特に執筆が不調だと、ついつい自虐的になり自傷行為を始めてしまう。一番多いのが頭髪をかきむしることで、老化現象と重なって皮脂湿疹になってしまい、現在も薬が必要な状態だ。それはともかく、今は目だ。涙という塩分を含む液体も目の周囲を刺激する。そこへ、手や指でこする。イライラしているから、必要以上にかく。それで、悪化する。目薬もなかなか効かない。ちょうど1年前も眼科で目薬をもらったが、なかなか完治しなかった。
 キャメロンの幌交換に関して、業者に何度目かの問い合わせメールを送ってあったが、今日は返信がなかった。これでは検討が一歩も前進しない。
 相変わらず執筆はのろのろとしか進まない。それでも、時間さえかければ進んでいくものだが、また登場人物で引っ掛かった。特定の問題ではなく、想定というか人物造形で不備が見つかった。記録がしっかり残っていない人物だから、何とでもできそうだが、今回の修正で少し重みを増すので、いい加減なことはできない。周辺をもっとしっかり固めなければならない。
 出版社と編集者に短縮原稿が遅れることをまたメールでお詫びした。明日の夜は長女が来て、明後日まで片付けを一緒にやらなければならない。大ピンチだ。
 現役時代は大ピンチの連続で、M的なのか、私は大ピンチになるほど闘争心が燃えた。今は? その炎で、老骨まで燃え尽きそうだ(笑)。
 今日も、意地で就寝は午前6時。

3月9日(火)「滑稽すぎる・・・の風さん」
 8時間休眠で起床。睡眠不足でなくても、花粉症の影響で不調だ。症状に応じて、薬を飲みながら一日を乗り切るつもりだ。
 とにかくストレッチと筋トレで恐る恐る起動。ブランチは、珍しくジャムの入ったパン。
 黙々とルーチンを続けた。
 夕方(すぐ夕方になったが)、業者から返信があり、今のキャメロンと同じ仕様のブラックがあるとのことで、現状復元という方針に変更することにした。いつまでも決められないでいると、色々なことが先へ進まない。前を向いて進もう。
 ホットタイム後、やっと執筆を再開した。
 予定通り、晩御飯前に長女が帰省してきた。目的は片付けの手伝いだが、作業はかなり困難なもので、私はあまり気合は入っていない。
 10時ころから作業に入った。とりあえず、作業と搬送の空間を確保するため、2階に置いてある物を移動させていく。
 長女と家内が合流したところで、大物の移動に取り掛かった。最大の難物は、2階の特殊物入れにある。私が脚立でそこへのぼり、一つずつおろしては、別の部屋へ持って行く。やがて、巨大な物にたどり着いた。30年前、若かった私と建築会社の営業マンとで、必死に持ち上げて、仮置きしたアコーデオン式の鏡のドアが4枚である。いつか使えると思って、営業マンから譲ってもらった部品です。もう使うのを諦めたので、今回処分することにしたのだ。
 午前零時過ぎまでかかって、3人がかりで、何とか階下までおろすことができた。ここまでやれるという自信はなかった。
 その後、3人で深夜のホットタイムを楽しみ(笑)、就寝のため解散したが、私は執筆に戻り、結局、私の就寝は午前5時半。
 人生の終盤を迎え、キャメロンの最後の大物修理、自宅内の大物処分品の取り出しをやっているわけだが、悟りを開いた人から見れば、典型的な俗物の私のしていることは、きっと滑稽そのものだろう。やれやれ。〇〇は死ぬまで治らないのだろう。

3月10日(水)「健康と体調と・・・の風さん」
 正午起床。入念なストレッチ。自分で構成したメニューが、難なくこなせるようになったので、それにより体調チェックができるが、今後、負荷を上げていった方がよさそうだ(あるいは、就寝前にもやるとか)。いずれにせよ、当面の目標は70、71、75歳それぞれに設定していて、それ以降、あまり無理をしないようにしたいので、それまでにやることがたくさんあるのだ。
 キャメロンの修理もその一つで、今回の幌の交換は、最後の大修理だ。小さな修理は毎年続くだろうが。しかし、そうやって70,71,75歳まで、愛車として使えるかどうか、自分の体調を含めて、きわめて重要な管理項目である。
 ブランチ前に、そのキャメロンで、さっとUFJのATMまで行って来た。こういう時、簡単に幌を開けられたら、気分が良いのだが。
 私より寝坊した長女も起きて来て、3人でブランチ。長女は、名古屋の某高級レストランで働いている。ベテランになってきて、かなりの能力も発揮している気がする。今回の新型コロナがあっても、ファンの多い店なので、開いていれば客が来るという。厳しいサービス業だが、充実した働きが今後もできるといいと思う。
 そんなことを考えながら、寝不足を補うために仮眠した。昨夜の片付けの片付けがあるが(笑)、疲れているので、そのままにしておくことにした。
 今日は3人で夕方のホットタイムを楽しんだ。
 続けて、いつものように、名古屋までアクアで長女を送った。片道約50kmだが、何の苦もなくクルマで送迎ができるのはありがたい。健康管理、体調管理が今後も重要だ。
 帰宅し、遅い晩御飯を食べ、ニュースの後半を見てから、執筆に戻った。
 今日の修正部分は方針がはっきりしていた。こういう時は、迷いが少なく修正できる。しかし、それでも小説を書くのはなかなか難しい。前後を考えながら、一字一句にこだわるからだ。会社の仕事との共通点は多いが、会社の仕事はチームでおこない、小説の執筆は個人なのが違う。戦略的なゲームと似ているかも。
 また、就寝が遅くなっていく。昼夜逆転。だからこそ、健康管理、体調管理が必要となる。

3月11日(木)「特別な日・・・の風さん」
 6時間半休眠で起床。今日は誰にとっても特別な日だろう。幸い好天だ。あの日は寒かった。夜にかけて急激に冷え込んだ。
 2時46分とされる、地震発生の時刻。今日は最寄りの駅にいた。昨日で目薬がなくなったので、かかりつけの眼科医へ行くところだ。ホームに立つと、伊勢湾の海が遠く望まれる。穏やかな海だ。しかし、10年前のこの日、海は巨大な化け物となった。
 母の介護のための福島通いが始まり、あの日は帰宅する日だった。帰りに東京で下車し、出版社の編集者と深川の江戸資料館を訪ねていた。その時、大きな地震が襲って来た。江戸の町の中で地震を経験した。
 公衆電話で福島の母が無事なのを義姉から聞いた。何とかバスで秋葉原の駅までたどり着いたが、その後、帰宅難民となった。近くのビルのエレベーターホールで夜を過ごす中、隣の若い男性の「転職すべきかどうか」という悩みを聞いた。その男性は、1週間後に高輪台のギャラリーで開催した、拙著の挿し絵の原画展に来てくれた。とんでもない自然災害の中で、誰もが必死に自分の人生を探りながら、生き抜いた。しかし、多くの尊い命が津波に飲み込まれた。
 病院へ向かう電車や地下鉄の中、マスクをしていない乗客は一人もいない。東日本大震災では、短い時間で2万2千人もの命が奪われた。新型コロナでは、外国に比べたらはるかに犠牲が少ないとは言え、長い時間をかけて、既に8千人以上が亡くなっている。今月中に9千人は超え、このペースが続くと、来月は1万人を超えてしまう。国民のマスク姿は、とても受け入れられない悲劇に対する、毅然とした姿勢だ。
 目の問題での通院は大学時代から始まった。次回は3か月後となった。これからも通院は続く。
 夜は児童書の原稿の修正。2つ目の難しい場面を乗り切った。
 今週末で、一気に終えてしまいたい。明日は雨の予報である。10年前、被災地は雪が降るほど寒かった。

3月12日(金)「雨の日は・・・の風さん」
 いつも通りに起床。外は雨。しっかり降っている。予報通りだ。花粉の飛散も当然少ない。昨日、眼科で抗ヒスタミン剤入り目薬も処方してもらった。1年前もそうだった。これで目の状態も徐々に良くなるだろう。
 雨なので、外回りの予定は中止した。こういった予定変更は、現役時代にはなかった。天気に合わせて活動できるのは、引退後のメリットだ。とは言え、いつまでも現役時代の幻影を引きずっているような気もする。引退後10年計画までまだ3年あるが、幻影を消すことは早めにしよう。
 おにぎりのブランチ後、屋内作業に取り掛かった。今日は、特殊物入れの雑巾がけ。急に荷物をおろしたので、ややうろたえているが、やはり作業は基本をしっかり。なので、先ず雑巾がけをして、荷物の再整理の準備をしたわけだ。とりあえずここで中断するのが、ボケ老人らしいやり方で、無理はしない。その後、書斎もほんの少し片付けた。
 例年3月は、私とワイフのETCマイレージのポイント還元をおこなう。この1年間、明らかに高速や有料道路の走行が少なかったので、ポイント還元はいつもより少なかった。そして、私の場合、ポイント数が未達で失効するものが多かった(涙)。次年度はどうなるか、すべて新型コロナの終息次第だ。コロナと言えば、まだワクチン接種クーポンは来ない。ボケ老人の私は優先枠に入っているので、早めに来るはずだ。そうはいっても接種は5月に入ってからか。
 ルーチン後、執筆に復帰した。児童書の原稿は、いくら何でもこの週末で決着をつけたい。
 修正の方針も、そのための重要データもそろっているのに、なかなか進まない。執筆を続けながら、頭の片隅では原因分析をおこなっている。さまざまな要因が考えられるが、けっして削除できない候補が、基本的な歴史知識と、現在取り組んでいる作品にとっての専門知識だ。現在はその専門知識を、ネット上に公開されている論文から得ている。もう専門書だけでは補いきれない。
 どんどん時間が経過して、就寝時刻が遅くなっていく。外は雨に加えて風も出てきた。

3月13日(土)「日常でも・・・の風さん」
 7時間休眠で起床。外はまだ雨模様。しかし、今日も頑張らねば。
 リビングでストレッチをしている時、昨年暮れに中古で買ったCDプレイヤーをかけている。CDのトレイの動きが悪くなったことも、買い替えの動機の一つだったので、この中古機も使わないでいると動きが悪くなる恐れが高い。だから、あえて毎日動かしている。そして、ジャズを聴きながらストレッチ。実は、同時にアレクサに今日の暦、天気、花粉予報なども聞いているが(笑)。これくらいの「ながら(同時並行)」なら、男でもできる。
 ホットミルクとトーストそしてみかん1個のブランチ後、2階の片付け。たとえほんの少しでもやっておくと、気が楽になる。これが私のペースだし。今日は、特殊物入れに、小型のトランクやバッグ類を雑巾で拭いてから戻した。
 続けてルーチン(気まぐれ日記の更新など)。ここまでは、ほぼ日常と言っていい。日常といえば、YouTube。ツムツムの勉強のためによく見るYouTubeだが、ちょっと拡大してきた。最近よく見るのが、日常風景をアップしている動画だ。上げている本人も「日常だ」と言っている。その日常でも魅力があるので、視聴者数が数十万だったりする。共感するからではないか。娑婆に戻って7年になる私は、日常をアップしているYouTubeで、娑婆というか現代日本を理解しようとしている。色々な人がいるが、こんな人もいるのか、というのが勉強になる。私の気まぐれ日記も、そういった価値があればいいのだが。そもそも、文章を書く習慣を維持するため、書き始めることの抵抗感をなくすために始めたものだ。自分のために始めたことが他人のためになるとは限らない。
 児童書の原稿の修正が、3つ目の山にさしかかった。前後関係含めて書き直しが必要な、3つ目の山(場面の連続)である。
 合わせて、原稿の短縮化もやっているので、気が抜けない。
 明日もあるので、昨日より30分早く切り上げた。外は雨はやんだが、風が強い。

3月14日(日)「煩悩が多すぎる・・・の風さん」
 7時間休眠で起床。アレクサに「おはよう」と言うと、ちゃんと返事して、今日は何の日か教えてくれる。しかし今日は、円周率の日だとは言わなかった。円周率と言えば、コンピュータソフトのアルゴリズム研究の検証のため、スパコンで気の遠くなる桁数まで計算して有名になった金田康正(かなだやすまさ)先生を思い出す。まさか1年前のこの日、既に急死されていたとは知らなかった。半年以上も先の秋に知り、何度もお会いした未亡人に、御仏前へと、ちょうど秋の彼岸だったので、お花をお送りした。そしてまた、円周率の日がめぐってきた。
 限りある人生。時間を大切にしなければいけないが、自分の生き方の何と効率の悪いこと。ひたすら高密度にただがむしゃらにやってきた前半生のつけで、効率良くやる知恵もなければ習慣もない。落ちた気力体力のありったけを投入して、延々とやり続けているだけだ。これは一生治らない宿痾なのだろうか。
 ブランチ後、ちょっとだけでもと、片付けをした。亡き母の琴を二張(ふたはり)、特殊物入れへ戻した。三年後の十三回忌までに何らかの処分をすることになるだろう。これもまた私の節目(古稀)の一つである。
 ルーチン後、読みかけの本を読了してから、やっと執筆に戻った。
 この週末で決着をつけようと、今日も気力体力の続く限りやってみた。結局、就寝は午前6時。ゴールにたどり着けなかった。言い訳するなら、芸術、創造である小説は、60点では合格にならないからだ。自己満足は100点。妥協できるのは、私の場合、80点くらいか。今日読了した本は、私の物差しで測るなら、100点を超えている。つまり、今の私の実力を超えている。そういった本が、日本にはたくさんある。その高みへ向かって、死ぬまで努力するのが、私の生き方なのか。努力したことだけで満足して死ねるだろうか。分からない。出家して悟りを開かない限り無理かもしれない。煩悩が多すぎる(笑)。

3月15日(月)「24時間時計・・・の風さん」
 13時半起床(笑)。7時間半の休眠だった。
 いつも通りにルーチンをこなしていき、執筆態勢を整えていく。1日の残り時間が少ないので、雑務は、特殊物入れに残してあった段ボール箱の中身を確認した。それにより、そこへ戻す優先順序について、考えられるようになった。やはり保存期間が長そうな物が奥で、出し入れする物を手前に置き、処分する物は戻さないということだ。当たり前のことだが、こだわる困った性格なので、いちいち戦略を立てないと行動できない。戦略は一つのモチベーションだ。
 山をこえた児童書の原稿修正だが、なかなか進まない。今回はきちんと方針を立て、それに沿って修正しているので、迷いは少ないのだが、元の原稿を読んでいくと、方針に合わない部分が目立つ。かなり考えて書いた原稿だったのに、出来が悪かったということか。苦しい作業になっている面がある。そこはドライに考えて、方針から外れた部分は削除することにした。短縮化もできるし、出来が悪かったわけではないとも思える。
 今朝未明までに終える予定だった児童書の原稿が、とうとう今日も終わらない。明日はいくつか用事もあるので、早めに寝て調整することにした。とは言っても、就寝は午前4時。昨日より2時間早いだけだ。昼夜逆転に近い乱れた生活は続く。私の時計は24時間時計だ。

3月16日(火)「IT機器を駆使して・・・の風さん」
 目覚ましで7時起床。普通にストレッチから起動。そのまま朝食まで到達。これにはワケがある。
 8時過ぎにワイフを駅まで送った。これがワケ。月例の名古屋でのトールのセミナーが今年初めて開催される。荷物が多い。
 帰宅してそのまま1日の活動へ……とは行かなかった。ベッドに逆戻り(笑)。
 12時半に再起床。その前と合わせて6時間半の休眠だった。ストレッチなどはせず、珍しくランチを摂ることに。床下収納をチェックしたら、台湾ラーメンがあった。今年2度目くらいのインスタントラーメンだ。愛用の鍋は、昨年のうちにどこかへ消えていた。もちろん戻ってこない。水の量が多すぎたが、超辛いラーメンだった(スープは健康のため飲まない)。
 執筆に復帰。このところずっと愚痴ばかりたれながら書いているので余計進まないようだ。でも、毎日、スタート時点は「今日こそ終えてやる」という意気込みである。これがなくなったら、天罰が下って、ひたすらボケていくだろう。
 今日もひたすら頑張っていたが、また妙な問題を発見した。史実と原稿が1年ずれていた(笑)。見つけて良かった、とは思うが、そのために今朝まで書いていた原稿の修正が必要になった。また前後関係が微妙になるのだ。これを修正している間は、気を緩めることができない。油断すると、ミスが残る。
 今日は、18時から慶応大学の先生の最終講義がオンラインで計画されていた。ZOOMである。新型コロナのせいだが、中止やごく少数での開催よりは良いかも。もちろんエントリーしてあった。
 最終講義が始まってすぐ、ワイフを駅まで迎えに行くことになるので、ZOOMの立ち上げは、MacBookAirとiPhoneの2つでしておいた。
 iPhoneで聞きながら、アクアに乗り込み、駅に着いて、ワイフを待っている間、iPhoneで講義の続きを聞き(見て)、帰宅して、コーヒーを淹れ、ワイフとホットタイムをしながら、続きはMacBookAirで聴講した(忙しい)。
 19時半に最終講義が終了したので、書斎から先生へ「お疲れ様でした」メールを執筆マシンから送って、階下へ。晩御飯だ。その時、iPhoneが反応した。早くも先生から返信が届いたのだ。「そのうちまた一杯やりましょう」だった。
 新型コロナの影響で、世の中一変したが、そういう中で、このような体験をすることになった。デジタルというかITが発達していて助かった、とも言える。
 3台のIT機器を駆使して、今日の最終講義の聴講は無事に終えることができた。しかし、道具や資料がそろっていても、容易にできないのが執筆だ。毎日、ボケたのではないかと不安になるが、最終講義の聴講のお蔭で、やはり芸術というか創造的な仕事というのは、特殊なのだと思った。
 今日も就寝は午前5時になってしまった。原稿の修正はまだ終わらない。

3月17日(水)「執筆も判断の連続・・・の風さん」
 7時間休眠で起床。ワイフは今日も名古屋へ出かけたが、昼前に自分で駅まで歩いたそうだ。今日は、昨日のように1日3食になることはない。これまで通りの生活だろう。
 入念なストレッチから起動。これも、昨日は早起きしたので、特に入念なストレッチをしてみたら、最後、腰が痛くなった。腰はデリケートで、無理をすると重症になる。これまで周囲にそういう人を何人も見てきた。だから、昨日は、もう一度ベッドに戻って体を休めたのは正解だったと思う。ということで、今日のストレッチは普通メニュー。ちなみに、腕立て伏せは、無理せず20回を2セットをおこなっている。
 執筆にもっと力を入れるため、片付けはほんのわずかにして、すぐルーチンをこなし、執筆に復帰した。
 今日の原稿修正は、科学技術的な正確さを補強することだった。挿し絵の案を描くとき、ある理論の勉強をしたので、その成果を反映させる。あまり専門的になり過ぎると、物語としての面白みが低下するので、正しくはないが間違いでもないという手法も使う。文章だからできることだ。政治家の手法ではない(笑)。
 政治家の手法といえば、政治家のスキャンダル(低俗的な話でなく)が最近よく話題になる。潔癖な視点からは問題だ。法律から見ても問題だ。しかし、そういったことって十分あり得るよね、と思ってしまう。きれいごとだけ世の中は渡っていけないからだ。どこに価値観や目的を置くかで、判断は変わる。法律もその手段だから、状況によって法律は変わる。法律だけではない、宗教の教義やイデオロギーもそうだ。
 小説を書いていて、判断に迷うことばかりだ。会社の現役時代は、マネジメントの仕事が多かったので、判断する場面が多かった。良い経験をさせてもらった。それは当然小説の執筆に生きるのだが、自由度が高い分、判断は難しくなる。初期条件、境界条件といった制約をきちんと設定しないと、小説は破綻する。そして、そういった条件は、人間に関することが多いので、難しいしやりがいのある仕事になる。
 明日の午後、重要な仕事があるので、その分だと思い、やや遅くまで執筆した。ゴールはまだ見えない。就寝は午前6時。

3月18日(木)「お焚き上げ・・・の風さん」
 12時半起床。やや寝不足気味。ベッドでの腹筋運動で疲労感も。
 ブランチはワイフとおはぎ(ぼたもち)を食べた。ワイフ曰く「お彼岸だよ」。歴史作家としては、ちゃんと実感しておく必要がある。
 春の彼岸は、春分の日を中日として、前後3日間で、計7日間となる。今年は、昨日が彼岸の入りで、23日が彼岸明けとなる。この世が此岸(しがん)と言うのに対し、あの世を彼岸(ひがん)と言う。彼岸はご先祖様を供養するのが良いとされる。墓参が最も有名で、昔から先祖へ秋なら萩にちなんでおはぎ、春なら牡丹にちなんでぼたもちを供えたという。
 おはぎもぼたもちも同じものだったんだ(笑)。
 父の遺品を持って、アクアでワイフと出発。知人の家の庭でお焚き上げをさせてもらいに行くのである。
 十七回忌の法要で、父の遺品にお経を唱えてもらった。その中から、今回お焚き上げするものを選定してあった。日記や卒業証書などが含まれていて、いくつかはデータとして残しておいた。すべて私のこだわりで、儀式を経ないと遺品整理ができないのである。
 知人宅の庭にそこのご先祖様が植えたみかんの木があり、もう実が生らなくなった木の下で、ごみを焼きながら木の焼却もしているのだという。農業教育ひと筋に生きた父の遺品を焼くには最適と思われた。
 雲一つない青空。風もほとんどなく、絶好のお日和である。知人のお孫さん(保育園児)と飼っている猫の中の一匹も参列者となった。焼き始めると、実に良く燃え、煙の出方も遠慮がちだった。勘違いして消防車が駆けつける心配もなかった。私は父の思い出を語り、ときおり記念の写真を撮りながら儀式を遂行した。
 こんな気持ちの良い遺品整理ができるとは、夢にも思わなかった。知人に感謝である。ひょっとすると3年後、母の十三回忌のあと、ここでまたお焚き上げをお願いするかもしれないと言いつつお礼を述べた。
 満足したお焚き上げのあと、今度は墓参に向かった。17日が父の、18日が母の命日なので、このあたりに毎月墓参するのが、ワイフが作ってくれた恒例行事である。今日はそれが、彼岸やお焚き上げと重なり、意義ある日となった。
 心月斎のお墓は父が生前に建てた寿陵である。合掌。

3月19日(金)「片付けの課題・・・の風さん」
 正午起床。今朝は、最後に風呂掃除をしてから就寝していた。
 ワイフが玄関横の物入れをせっせと片付けている。最近、片付けに大変な力の入れようだ。地元のクリーンセンターが粗大ごみの無料受け入れを停止することが主原因である。全町民が動き出していて、センターは大混雑とのことである。
 ストレッチ、ブランチ後、ご近所の軽トラが借りられるか、2回目の相談に行った。これは、特殊物入れからおろした巨大な鏡ドアを、クリーンセンターへ持ち込むためである。特殊物入れから1階の廊下までおろすことすら、私には想像のできない大仕事だった。幸い、帰省した長女の大活躍で実現したが、次は、それをクリーンセンターへ持ち込むことである。実現の可能性が見えないのは、たとえ軽トラを借りられたとしても、固定できるかどうかだった。鉄くずではない。大型のガラスだと思わなければならない。軽トラと一緒に、何本かの丈夫なロープも借りられることがわかった。しかし、それだけでは難しい。
 キャメロンで外出した。地元の図書館へ行き、県図書で借りた本をそこから返却した。図書館はがらんとしていて、数人しか客はいなかった。まだまだ新型コロナの影響が色濃く出ている。次にUFJとJAのATMを回ってキャッシュの準備をした。その後、ホームセンターへ行き、ロープを探した。10mのゴム製ロープを購入した。軽トラに積む挑戦をしてみる気になった。しかし、課題はまだある。振動などでガラスが割れない工夫ができるかだ。
 夕方までにワイフも帰宅した。クリーンセンターは、大混雑ではなくなったものの、1時間近い待機だったという。
 雑務とルーチンを終え、執筆の続きに取り掛かった。疲労が出て来て、ペースが上がらなかったので、途中で少し読書しながら進め、今夜はやや早めに就寝した。

3月20日(土)「4つ目の上か・・・の風さん」
 11時半起床。睡眠は十分な感じがした。天気もまあまあだが、夕方から下り坂で、明日にかけてかなり雨が降るらしい。
 ストレッチの後、屋外へ出動し、裏の土地に最後の砂利散布をした。1年半かけて、水たまりができないようにしてきたが、キリがないので、今日で終了させる。これ以上駐車場としての環境を整えるなら、コンクリートかそれに相当するものを張るしたかないだろう。
 今日はワイフの友人が来ているので、私も弁当のおすそわけにあずかった。しっかり食べたこともあり、急激に眠くなってきた。花粉症がひどくなり、砂利散布の疲労も少しある。せっかく少し早起きできたのに……。
 夕方まで真剣に寝てしまった。花粉症の薬(抗ヒスタミン剤)も効いてたな。
 ホットタイム後、ルーチンに取り掛かった。来年の講演依頼がメールで届いた。これは前もって分かっていたものだ。来年なら新型コロナも落ち着いているだろうと思うが、次の新型コロナが発生しないとも限らない。もしそんなことが起きれば、慣れていても、ワクチンができるまで、恐怖の期間が続くだろう。
 執筆に戻る前に、執筆用のデータの整理(エクセルを使った年表への追記)を少しやっておいた。少し、という意味は、しっかり作成しようとすると、かなりの時間がかかるから。それだけデータの量が多いのだ。ついでに、資料読みも少ししておいた。
 ゴールが見えかけている執筆なので、残りの部分の全体像を把握しながら(これを私は東大方式と呼んでいる)、修正をすることにした。前回やり残した課題がまた見えてきた。せっかく修正をしているので、それも解決したいが……。
 課題解決のアイデアが浮かばないので、就寝態勢に入った。湯船に浸かってリラックスできた瞬間、アイデアが出始めた。三上という言葉がある。アイデアが浮かぶ3つの場面だ。鞍上、枕上、厠上の3つで、入浴中はあい。近いのは厠上(トイレ)か。私は若いころから鞍上だった。つまりクルマの運転中(特に朝の出勤時)である。そうか。現役引退後、激しく減ったのは、これだ。さらに昨今は新型コロナの影響で、外出も減っている。5月中にキャメロンの幌が更新される。その後は、近場でも出歩くようにしよう。それから、今日の発見は大きい。もしかすると入浴中もアイデアが出るのかも(笑)。
 就寝前に血圧を測るが、その時、メモ用紙に、浮かんだアイデアをしっかり書いた。

3月21日(日)「プレ背水の陣・・・の風さん」
 もはや背水の陣かも。いつものように起床したが、心中穏やかでない。いくら何でも今日で原稿に区切りをつけたい。たとえ今日そこまで行けたとしても、自分で立てた目標から3週間遅れになる。これは異常だ。
 今日は一日中雨の予報で、ワイフも特に大きな仕事を抱えているわけではないので、一緒にブランチをした。小倉トーストと目玉焼きなどである。
 書斎へ出動し、雑務は中止して、先ずはルーチン(気まぐれ日記の更新)。
 1999年に開設したホームページは、今では気まぐれ日記が中心になっている。あまり好きな表現ではないが、ブログ化している。本来の目的は、文章を書くことを日常化すること。現在検討中の改善案は、この文章の中に、特殊なアイテムを必ず入れることだ。一番は文学的な表現だ。小説に使えるような修辞的、比ゆ的、擬人的etc.の表現である。執筆中に意図的にやろうとすると、できないものだ。そういう時は電子辞書を利用する。でも、やはりできない。リラックスした日常の中で、そういったことができるようになりたいものだ。
 知人か友人しか読んでいない気まぐれ日記=ホームページだが、アクセスカウンターが20万回に近づいてきた。年内には到達するだろう(遅!)。そこへ行くと、YouTubeのアクセス数で数十万とか数百万とか出ているのを見ると、すごいなと思う。私は時代遅れ、化石化している恐れがある。
 今朝未明のメモにしたがって、原稿の修正に復帰した。流れができたことで、原稿の前の方を微修正した。伏線部分である。
 これで最終コーナーを一気に駆け抜けようとした。
 そこで、また中断。進まない。せっかく流れができたのに。なぜだ? 原因分析が終わったのは、また深夜だ。作った流れ(物語の、ね)を、最終コーナーにたとえると、逆ラストスパートになっていた。別の表現をするなら頭でっかち。
 最終コーナーでピッチを上げてトップスピードに到達し、最後は力を抜きながらも軽快に駆け抜ける。メモの書き直しだ。
 またアイデアが浮かぶことを期待して入浴してみた。ところが、まるでひらめきなし(笑)。三上に追加は無理か。
 3週間遅れすら達成できなかった。あと1日。もうそれ以上は時間をかけられない。明日こそ背水の陣。

3月22日(月)「障害物競争?・・・の風さん」
 気持ち的にゆとりがほとんどない。ただ肉体だけが基盤だと思い、ストレッチだけは頑固に守る。ベッドでの腹筋30回(+20回)はスタート。NHKの筋肉体操で知った背筋を鍛えるストレッチも織り込んである。実は、ストレッチと言いながら、けっこうメニューは多いのだ。新型コロナが去って、自分にゆとりが戻り、トレーニングルームに行けるようにならなければ、起床後のストレッチを簡素化はできない。
 運動と言えば、ウォーキングがあった。1年前はせっせとワイフとウォーキングに行ったものだ。ワイフが膝を痛めたため、中断して久しい。ワイフは医者嫌いなので病院へ行こうとしない。自然治癒を狙っている。そのため、完治しない。再発もする。そうして、ウォーキングが復活しない。ワイフのことはともかく、私自身にゆとりが生まれたら、一人でも歩けばいいのだ。
 ブランチはトーストとホットミルク。気まぐれ日記を更新して、執筆の続きに取り掛かった。
 書き直したメモにしたがって、終盤の章を直していく。書きながら、新たな問題に気付いた。矛盾のない原稿にしようとすると、原稿の量が増えるのだ。不安が黒雲のように頭に広がったが、削るのはあとで、と考えてとにかく書き込んでいく。不安と戦いながらは、精神力を必要とする。疲れる。
 朝からトール教室に出掛けていたワイフが帰宅したのは午後8時過ぎだった。
 終盤の章は長いながらも流れが整っていた。しかし、削る必要がある。さらに、最後に終章を設けてある。これとの整合をとりつつ、さらに原稿はスリム化しなければいけない。
 腹をくくって、行けるところまで行け、となった。
 ゴールイン寸前だったが、振り返ると、クリアしていない障害物がいくつも残っていた。な〜んだ、自分は障害物競争を走っていたのか。
 とぼとぼと戻りかけて、立ち止まった。就寝は午前6時。

3月23日(火)「気分転換・・・の風さん」
 12時半起床。何となく開き直った感覚がある。目標レベルに到達していない以上、区切りはつけられない。これまでを振り返ってみると、途中で大きな後退があったわけではない。少なくとも前進している。遅いだけだ。もっともそれが開き直りの心境なのかもしれないが。
 課題を設定して原稿の最初から修正していく。そうやってゴール近くまで行く頃には新たな課題が見えていて、それが次の課題となる。このサイクルがとにかく遅い。いつになったら自分として80点以上つけられるのか。
 とにかく寝て起きたのだ。もう少しスイッチを入れ換えられるように、ストレッチから今日を始める。この1日の起動がやや遅くなったため、教室を終えたワイフと昼が重なってしまった。普通なら私はトーストとホットミルクなのだが、昨夜の余り物で豪華なブランチになってしまった(笑)。
 今日はドラッグストアの特売日なので、キャメロンで出かけ、まとめ買いして帰宅した。平日だが、快晴のせいだろう、観光客が多く繰り出している感じがした。私も気分転換のため(これが多いな)、キャメロンの後ろの幌だけオープンにして(これをユーザー間ではNA開けと呼ぶ)帰りは走った。バックミラーで後方が実に開放的に見える。
 今日はとにかく気分転換をしっかりやってから、原稿の修正に取り掛かった。そのせいか、見えるものはちゃんと見える感じで、修正が進んだ。
 昨夜に続いて終章に取り掛かった。修正目標は原稿枚数を減らすことと、それ以前の物語との整合性(だいぶ修正したからね)である。
 また深夜になり、どんどん時間が進み、今夜での完成が難しいと思われたので、思い切って hairdye をしながらの執筆にギアチェンジした。
 就寝は午前5時半。気持ちの切り換えに注力し、開き直り気分からの脱出をはかった1日だった。

3月24日(水)「偉大さの本質・・・の風さん」
 13時起床。どんどん起床時刻がずれて、また朝になったりして(笑)。
 冗談を言っている場合ではないが、今週は悲壮感がただよっている(心中)。精神、穏やかでない。
 トーストとホットミルクのブランチ後、急いで気まぐれ日記を更新してから、かかりつけのクリニックへ走った。ここはだいたい8週間に1度の通院だ。今日も代務医師で、これで3回連続かな。偶然だが、続いている。病院の混雑具合は、コロナ以前より減っている状態が続いている。戻るのは来年以降だろうか。
 混雑していなかったので、タイミング良く、ホットタイムに間に合った。
 長女の旦那からもらったスマートスピーカーが、昨年末以降大活躍である。色々なことを試している。今日は、ホットタイムの時に「フランク永井の曲かけて」と頼んでみた。続々と懐かしい曲が流れ、じきにカバー曲になった。それらも懐かしい。古い人間からすれば、名曲に聞こえる。第一、歌詞が聞き取れる(笑)。学生時代まで親しんだ音楽だ。社会人になって、テレビを観なくなってから、歌謡曲が人生と重ならなくなった。いつまでも聞き惚れてしまう。
 執筆に復帰した。修正作業ではなく、執筆である。常に、その意識で臨んできた。今夜も遅くなってきたが、不思議と頭が冴えてきた。
 終章に手を加えながら、重大なことに気が付いた。本質的なことである。決めていたテーマのもっと深い部分に思いが至った。
 たとえて言うなら、関孝和である。彼の偉大さに気付いたときと似ている。表面的なこと、見かけのこと、有名なこと、そうではない本質。それが、今回の作品の主人公について気が付いたのだ。その思考は、入浴してからも続いた。忘れないように、血圧測定の前にメモ用紙に一心不乱に書き留めた。
 明日こそゴールできるかもしれない。就寝は午前4時半。

3月25日(木)「新たなチャレンジ・・・の風さん」
 正午起床。昨日よりは精神状態は落ち着いている。入念なストレッチから1日を起動。
 外は雨。曇りときどき雨の予報だったが、雨雲レーダーをチェックすると、夕方まで雨雲がかかっている。当初今日は、ご近所から軽トラを借りて、とりあえず鏡ドアを載せることに挑戦する予定だったが、無理そうだ。
 トーストとホットミルクのブランチ後、ルーチンをして、早々と執筆に復帰。
 昨日というか今朝未明までに大きな発見があったので、それに基づいて、原稿の終盤を書いていく。具体的には、2つの要素を盛り込むことを決めた。それによって物語はよりドラマ性が増すし、テーマもより高くなるのだ。
 原稿修正は終わっていなくても、この発見と方向付けは自分自身を勇気づけた。
 突然話は変わるが、日本数学協会のオンライン講義の案内があった。今回は複素数の関数論の関係(大学レベル)で、上野健爾会長が3回にわたって講義してくれる。機械工学を専攻した私には、流体力学などのために必要だったこともあり、実は最も得意な数学分野だった(あとベクトル解析ね)。もちろん40年以上も前のことなので、ほとんど忘れてしまったが、郷愁を覚えた。再び触れてみたくなった。大学時代の参考書も2冊、引っ張り出した。
 初日の講義の応募締め切りは今日だった。人数枠は少ないので、締め切り日の応募でエントリーできるのなら、迷惑はかけないだろうと、応募Websiteを開いてみたら、うまい具合にエントリーできた。
 執筆を今度こそひと区切りさせ、上野先生のオンライン講義も受講する。新たなチャレンジであり、楽しみな目標ができた。
 明日は、今日できなかった鏡ドアの積み込みとクリーンセンターへの持ち込みがあるので、早めに就寝することにした。執筆は、1つの要素は完全に盛り込んで修正ができた。あと1つだ。
 就寝は午前3時。

3月26日(金)「クリーンセンターへ・・・の風さん」
 午前8時起床。私にしては早起きだが、現役時代はもう会社にいたこと時間でもある(笑)。あの頃は、どうして超短い睡眠時間でやってこられたのか。それだけ寿命を削って生きてきたのだろう。会社のOB会の会報が届いている。訃報の知らせが含まれている。私たちが定年に到達した時「75歳までしか生きられないと考えて、お金を使って残りの人生を楽しんでください」と言われた75歳に注目。75歳以下で亡くなられた方が全体の3分の1だった。あくまでも平均値的な見方だが、元気に過ごせる老後は75歳が平均なのかもしれない。
 ご近所から借りた軽トラへ、鏡ドア(4分割)の積み込みをワイフと始めた。ロープ類、緩衝材さまざまが用意されている。玄関ドアを開放し、門扉も片側を外した。力仕事が苦手のワイフは、いちいち悲鳴を上げながら運搬する。私は職人に徹して、黙々と運ぶ。運搬完了。やってみたらできた!
 長大な鏡ドアをロープでぐるぐる巻きにする。緩衝材はあちこちに挿入してある。ぐるぐる巻きにした4枚の鏡ドアを、さらにゴムベルトで荷台のフックを利用しながら軽トラに固定した。軽トラを前後に走らせて、鏡ドアが動かないことも確認して、午前中の作業は終了。
 この時点で、か弱い私はめまいがし出した。少し吐き気も感じるめまいだ。体内時計が狂ったのが原因か。必死に気まぐれ日記の更新だけしておいた。
 クリーンセンターの午後のオープンは13時からだ。早めに行く人がいるだろうと思い、12時半到着を目標に出掛けたら、案の定、続々とクルマがやって来る。私たちの軽トラは、十数台目の到着となった。13時から続々とセンター内へ入っていく。鏡専用の置き場があり、そこで現地の担当者にも手伝ってもらい、すべておろすことができた。あとリサイクルセンターで緩衝材の段ボールを捨てて、13時半にはセンターを出ることができた。私の計画通り、よけいな時間はなしで作業を終えることができた(現地で待ち時間含めて1時間を想定していた)。
 ランチを食べることと、地元のレストランを応援する意味で、海辺のドライブイン(ここはビールが売り)へ向かった。風が強いのと、おそらく満潮で、海は大きく膨れ上がって海面はざわついていたが、広大な海の景色は気持ちをゆったりさせる。14時に到着した私たちは最後の昼最後の客で、レストランは独占状態になった。おそらくこのドライブインは、私は初めてだ。30年暮らしていても、地域に根を張っているワイフと違い、私のような亭主族は浮草みたいな存在なのだろう。しかし、ランチは美味かった。軽トラのお礼のためテイクアウトも購入し、15時ころ帰宅した。
 片付けを終え、疲労感の出た私は1時間半ほど休眠をとった。その後、ホットタイム。
 今日は3食しっかり摂った。久しぶりのことだ。しかし、やや埃っぽい作業をしたせいか、花粉症が悪化し、次々に薬を飲んだが、後追い感があり、なかなか執筆を復帰させることができなかった。書斎でぐったりしていることが多く。就寝は午前5時となった。

3月27日(土)「高校数学の復習・・・の風さん」
 正午起床。いつも通りの起動ルーチンを続けた。
 明日のオンライン講義を受けるため、予習をしようと思い、配布されているレジュメを開いた。
 複素数の歴史から始まるので親しみを感じた。数枚めくって行ったら、カルダノ・ボンベリの公式というのが出てきた。記憶にない。と言うことは忘れてしまったのか。不安が広がる。
 続いて、複素数に関する約束事の復習になった。四則演算。うん、そうだった、と思い出しつつ、本当にそうか確かめたくなった。つまり、自分で式の変形をおこなうのである。紙の上でささっと書けばすむことだが、こだわりの性格が露出して、PPTを立ち上げ、数式の挿入をおこなう(笑)。学会活動や大学院で講義をしていたときは頻繁におこなっていた作業だが、新しい MicrosoftOffice なので、ちょっと手間取る。だんだん慣れてきた。同時にルールを思い出す。
 複素平面と極表示の説明になって、三角関数が出てきた。ラジアンの定義。懐かしい。途中で「問題」が出てきた。どうも高校の数学の復習が必要だ。高校の数学の参考書類を引っ張り出した。このへんの復習までで、今日使える時間はおしまい。やばい。半分も予習できなかった。
 とりあえずMacBookAirでZoomができる準備だけはしておいた。
 このところずっと頭が小説執筆モードだったので、ちょっと違う脳みそを使った気分で、何となくリフレッシュできたような感じがした。
 今朝未明まで取り組んでいた部分の続きから着手した。方針は決まっているのに、なかなか進まない。考えている時間ばかりでなく、修正はしている。修正するスピードと考えるスピードがほとんど同じだから遅いのか。学生時代も小説は書いていた。右手も自由に使えていた。猛烈なスピードで文章を書いていた。万年筆を使っていた。思考するスピードに追い付かないほどで、書き上げた文章は、ちゃんとした文章だ。小説というものを知るにつれ(考えることが増え)、老化もあいまって、すべてのスピードが落ちたということか。

3月28日(日)「数学で頭がスッキリ・・・の風さん」
 今日も正午起床。ストレッチ後、ワイフとブランチ。
 15時半からオンライン講義が始まるので、14時過ぎからMacBookAirを立ち上げつつ、執筆マシンでレジュメの予習の続きを始めた。
 いきなりガウスの定理だ。懐かしいどころでなくなった。1のn乗根は複素平面の単位円上にあり、内接正n角形の頂点をなす……だって? もう時間がない。どんどんレジュメを見て行こう。わ、オイラーの公式だ! これは懐かしいと思える。博士の愛した数式でもある(笑)。続いて、複素数列。コーシー列。そうだ。コーシー列は大学時代に何度も出てきたぞ。収束するかしないかの話だったような。そして、指数函数……。もうだめ。時間切れ。
 Zoomを使った上野健爾先生の講義が始まった。慣れた感じで講義が進む。
 面白い話題を挿入しながら進む。ここで発見。私は2次方程式の解法は「根の公式」と習ったが、その後、根は多項式に使い、方程式は解だというので、「解の公式」に改まったということを初めて知った。どおりで若者と食い違いがあったわけだ。しかし、学習指導要領の改訂は時として大きな混乱を生むという上野先生のご指摘に大いに納得した。ついでに、複素平面も現在は複素数平面と改まったそうだ。しかし、実軸、虚軸はそのままで、実数軸、虚数軸とは言わない。
 どうやらiPadとApplePencilを使われているようだ。画面にすらすらと書き込みながら、数式計算もしっかりされて、こちらが何とか追いつけるスピードで講義が進んだ。予習というか高校数学の復習も役立った。三角関数の計算を見ていて、公式の暗記方法をとつぜん思い出した。「咲いたわ咲いたわ咲いたコスモス」「越さない越さない先々までも」(笑)。
 コーシー列の説明を聞きながら、大学時代の機械工学の専門教育で何度か出てきた話とつながってきた。機械工学の中には、数学で説明していることは多い。自分の得意な数学で説明されていると妙に納得していた。しかしそれは、本当の納得ではない。数学的に理解できただけだ。これからの講義の期待は、そういった数学の本質部分を理解することで、自然界の法則とのつながりを理解できるかもしれないということだ。
 17時半に講義が終わり、次の講義への期待がふくらんだが、もう一つ、昨日以上に頭がスッキリしたことは大きい。小説という正解のない創造的な思考をし続けて来て、頭脳が疲弊していたのだ。数学の話は矛盾がない。あっても、上野先生は上手に、無視することなく説明される。ちなみに、±iを2乗すると‐1である。厳密にはiの2乗の平方根は±iである。2π(パイ)の整数倍の不定性とか、解析接続といった微妙な話だ。こういったことをきちんと説明されるので、よけい納得性が高まるのである。
 スッキリした頭で執筆に復帰できた。小説で疲弊した頭脳には、これからも数学が必要だ。

3月29日(月)「第二稿を送付できたので・・・の風さん」
 今朝未明に一段落させることができた。児童書の原稿はようやく第二稿になった。今回の書き直しの大きな方針となった内容を、あとがきとして書いた。数学のオンライン講義の効果かもしれない。自主目標から4週間遅れで、やっと到達した。
 編集者が見やすいように縦書きに書式変更し、PDFも作成して、出版社へもメールで送信した。
 既に夜は明けていたが、入浴し、就寝した。午前6時。
 激しく疲労していたはずなのに、熟睡できなかった。夢うつつ状態のまま、12時半起床。
 体のダメージを考慮し、ストレッチを中止し、今日はゆっくりするのだと決めて、階下へ行った。
 教室のないワイフとブランチ。小倉トーストとハムエッグならぬウィンナーソーセージエッグなど。
 快晴だが、花粉症は出ない。不思議だ。精神状態も影響している気がする。今日は執筆はしないので、たまっている雑務、気になっている事を少し片付けよう。
 先ず、メールを2本しっかり書いて送った。いつも焦って書いているからなあ。
 モニター付きの玄関ドアフォンを使っているが、実は、子機が2台ある。書斎と屋外のログで使用している。インターホンとしての使用もしている。子機の1台が不調なので、調べようとしたら、死んでしまった(笑)。電池をテスターで調べると、仕様通りの3.6ボルトがある。となると、子機本体かと思い、ネットで検索すると2.8万円以上する。モニター機能があるから高額なのだ。落ち着いて、再調査した。もう1台の子機の電池を入れてみたら、復活したのである。そして、電圧がしっかりある電池を問題ない子機に装てんしたら、死んでしまった(笑)。あれれ? 電池なの? 電池だよね。何年間も使っているから劣化はしているはず。また、電話のように、使用(放電)する時間が短いので、満充電に近い状態での充放電の繰り返しをしている。メモリー効果が起きる可能性は高い。以上のような専門的診断(実は現役時代にリチウムイオン電池の開発に関与していた期間があり、一般人よりは電池とくに充電池、二次電池と呼ぶが、の知識はある)に基づき、ネット検索をおこない、今回は互換電池(ただし容量が大きくなってしまう)を発注した。純正品もMade in China なので、気にしない(価格は気にする)。
 もう1件、ネット発注した。昨年、スマートスピーカー(アレクサ)を長女の旦那からもらった後、色々と勉強した。近い将来、スマートリモコンを多用する必要性を感じた。そして、慣れておくためにも、スマート家電リモコンを1台購入して、使用を開始しようと思い、1台、機種を選定してあった。今回、某クレジットカードのポイントがたまったのと、期間限定ポイントが今月末で消滅するのとで、再チェックし、選定してあった機種を最安値と思われる価格で発注した。品物が届いたら、アレクサとの連携とエアコン操作を勉強のため、やってみようと思う。
 執筆はしなかったが、児童書の原稿で必要になった資料をエクセルファイルに整理しておいた。これも出版社と編集者へ送っておいた。

3月30日(火)「桜めぐり・・・の風さん」
 ワイフの提案でランチ後桜を見に行こうというので、9時半起床。眠い(笑)。
 昨日は快晴だったが、天気予報通りにどんよりした空模様になっている。これは黄砂の飛来が主な原因らしい。春霞ではないようだ。
 ワイフの調査で、感染対策をしっかりやっているという海辺のレストランへ、キャメロンで向かった。私は今年初めてどころか、昨年はもちろん、一昨年も来た記憶がおぼろである。
 既に開店前から駐車場に客が来てスタンバイ状態だ(家族連れが多い)。やはりコロナ対策をしっかりやっていることは、客の安心感や信頼感を呼ぶのであろう。味が良いのは大前提だが。ここはパスタの美味い店である。店内外の雰囲気も好きだ。
 コロナ対策の感心する点は、大きなテーブルに対面で座った時、中央に透明なアクリルでパーテーションを設置してあることだ。食事中はマスクを外すわけだし、会話しない食事は味気ない。だから、このパーテーションが最適と思った。テーブル間には衝立やスクリーンが用意されていた。
 ランチメニューだけしか用意されておらず、その分、質量ともにお得感満載だった。結果として満腹になってしまった(^_^;)。
 続いて、伊勢湾側の海岸線を走って、南知多町の(ナビの地図にもない)桜公園へ向かった。高台で、知多半島南端を囲む海のパノラマが展開している。穴場だが、そこそこ桜見物客が来ていた。桜はほぼ満開。早すぎる名古屋と違って、例年並みか。ここは、私は2度目かもしれない。黄砂のせいだろう、青い海は見えなかった。小さな神社で御朱印ももらって、三角点にある落書きボードに、ちび助の絵を描いた。地元でしっかり整備されていて、また来たいと思った。
 オプションで貝がら公園へ向かった。当地へ住むようになった30年前に一人で探して発見し、そのすぐ後くらいに家族で登った公園である。ここも穴場に近い。しかし、個人が創設した公園だからか、荒れる一方で、存続が心配だ。ここからの眺めもなかなか良いし、貝がらで作ったオブジェは、努力の(汗をかいた)賜物で、見ごたえがあるのだが。かつては、豊浜方面から登ったが、今回は裏側の農地にキャメロンを置いて、かなりの距離を歩いた。良い運動になった。
 帰りは三河湾側の海岸線を走った。あちこちの桜の開花状況を確かめながら走った。
 帰宅し、すっかり疲れてしまい、仮眠が必要だった。目覚めた後は、早くも足の筋肉痛が出た。
 昨日発注したドアフォン子機用のバッテリを装てんした。深夜は、今日も執筆はやめて、年表データの改訂をおこない、またメールで送信した。

3月31日(水)「花粉症で冴えない1日・・・の風さん」
 昨夜というか今朝就寝時から花粉症が出ていた。しっかり休眠時間は確保したが、何となく変だ。疲れもとれていない。こうなると、もう人生の終焉を感じてしまう(大げさな)。
 ストレッチは軽くしておいて、ランチは、昨夜の残りをいただいた。ワイフは実家に行っている(家族全員集合)。
 花粉症がひどいので、食後、抗ヒスタミン剤を服用した。
 今日はまあまあの天気なので、屋外作業をやりたいところだが、どうも体調が怪しい。とりあえず軽い仕事だけでも、と先ずは車庫の上のストッカーの蓋を開けて、乾燥。それからウッドデッキの上のセンサーライトの電池を交換した。裏の土地へ行き、物置を開けて、中を整理しようとしたが、早くもエネルギー切れ。
 花粉症の薬が効くまで再び休眠状態へ。
 夕方になってしまい、復活しないでいるうちに、ワイフが帰宅した。
 どうにも元気の出ない日だが、もう少し仕事をしておかなくてはならない。
 近い将来のために最近ETCカードを2枚ゲットした。現在使用している2枚からそれぞれ変更する。年内が予定。その新しい2枚のETCカードのマイレージ登録をネットからおこなった。制限がかかるわけではないが、申請時に車両番号や車載器番号などが必要になる。ちょっと混乱したが、何とか申請はできた。
 以前も別のテレビであったが、番組制作スタッフから某偉人に関する質問メールが来た。拙著があるので、詳しいだろうと思ったらしい。知っていることは限定いているし、私は専門家ではないので、出典をすべて明らかにして、情報を提供した。
 明日も天気が好さそうなので、今日できなかった屋外作業をやろう。

2021年4月はここ

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